最期は誰にもわからない
私事になりますが、1月3日父が永眠いたしました。死因はくも膜下出血です。昨年2月、重症心筋梗塞と心不全で2年8ヶ月の自宅療養の末に亡くなった母から1年経たずに今度は父。
我が家はだいぶ前に離婚していますから、娘の私達は直接親の最期に向き合うことになります。
離婚していなければまず夫婦どちらかがどちらかの対応をすることで介護が始まったり、死後の対応を迫られると思いますが、それが直に私らに向かってくるという試練。
母なんぞは自分親の介護、旦那の介護も免除されて運がいいよな、と私らは常々思っておりました。そういうのを踏まえて最後の最後、だいぶ痛い、大きな病気を経験し周りの人の温かさやありがたさを勉強したのだと思います。
一方で父はトラブルメーカーで、私達は一切父の生活状況が見えぬまま、ただ金を貸してくれとだけ言われていました。一番やってはならぬ事をファーストチョイスに選ぶ父。
2歳差のためか体調に変化が現れるのもほぼ同時でした。
働けなくなって金がない父VS心臓病の母。どちらの状況も決してお互いに知らせてはならぬ…!心臓病の母に父の近況など知られたらショック死を起こしてしまいかねない。ギリギリの選択を迫られる日々でした。
一方、父は最後は福祉のお世話になり(生活保護)、最後の最後は限られた収入源で丁寧な暮らしをしていたようです。最初からそうしていれば何も苦労はなかったはずなのに、エベレスト並みのプライドが邪魔して結局何もなし得ないまま人生が終わった父。もったいないこの上ないです。
父はおそらく両親の死後自暴自棄の状態だったと思われます。じゃなきゃ、もっと色々な手立てがあったのです。
親友も早くに亡くしているし、自分も早く迎えに来ないかなと思っていたと思います。しかし、最期だけは自分でも決められない。いつでもいいとはいえ、認知症になるのか?出先で倒れて救急車を呼ばれるのか?そこは誰にもわからないのです。
一般的には『孤独死』と呼ばれる状態で、マンションの管理人さんに発見されました。そのため警察が入ったのですが、回収されたメモとスマホの履歴によると昨年末に首や背中が痛くて『脳梗塞』というワードを検索していました。
だからといって病院に行く気も自力で治すつもりもなく、119番もしなければ娘に連絡もしないという。あぁ、これで終わるんだな…と認識だけしたようです。
私達に連絡がきたのは10日後の1月14日。
伊豆高原にある寒い山の上のマンションで、窓を開けたままソファーに寄りかかり手を前に組んだ状態で亡くなっていたそうです。
近くのメモには『Thank you for your everything.さよならの代わりに』と書いてありました。山口百恵さんの歌の歌詞だそうです。最後に悪態をつかず、感謝の言葉で締めくくったところは父の良心だったのかなと思います。
伊豆警察署の刑事さん、保険福祉課の方、発見してくれた管理人さん、全ての方が神様のように親切で静岡県でよかった、としみじみ思いました。本当に素晴らしい土地柄です。
父はもしかしたら寂しかったかもしれません。
でも、弱った自分を見られたくないならこれが最高の最期だったんじゃないかと思います。一人だろうがお金があろうがなかろうが、父を心配してくれる人はたくさんいたんです。それだけで充分、孤独ではないと私は感じています。
1月16日に全員集まって父を迎えに行きましたが、1月とは思えない程の春の陽気の日。その後、火葬場が混んでいなかったらしく翌々日に葬儀を行うことができました。
伊豆スカイラインは16日の朝、路面がところどころ凍結していて山肌に激突している車も目撃しました。この様子だとあまり帰り遅くなったら危険だね、と姉妹で話していて、その翌日には現在居座っている最強最長寒波の襲来。16日を逃したら誰も迎えに行けないところでした。父は『申し訳ないが最期だけ迎えに来てくれ!』と伝えたかったのだと思います。
天気のおかげで無事全員で迎えに行けて、親切にしてくれた伊豆市の皆様にお礼とお詫びができて本当によかったです。
これから死後の後片付けとか色々ありますが、介護の心配をすることもないし、両親とも全員で見送ることができたのでそれくらい頑張りましょう!やってやりましょう!という気持ちです。
自宅のベッドやソファーで静かに亡くなることは今のご時世、並大抵のことではないとつくづく思いました。くも膜下出血は後遺症がかなり重いですから一命をとりとめたところでそこから先が想像を絶します。今の医療ではくも膜下出血も大動脈乖離も助かってしまう可能性があります。
で、助かったその先は…?
現代の問題ってそこだと思います。死は悲しいことだけど、助ければいいという問題ではない。必ず先に訪れる両親の死をどんなふうに受け止めるのか?残される人間の胆力が試されるところだと思いました。
お父ちゃん、享年75歳お疲れ様だったね!ゆっくり休んでください。


